競馬コラム
目次
- 年間3兆円――競馬が動かす巨大なお金
- 2025年のJRAはどれほど売り上げたのか
- 3兆円は本当にJRAの利益なのか
- 1997年、日本の競馬は4兆円市場だった
- なぜ競馬の売り上げは減少したのか
- 競馬を変えたインターネット投票
- 売り上げの約8割を担う新しい馬券購入
- 競馬場はもう必要なくなったのか
- 有馬記念に巨額の馬券が集まる理由
- 馬券100円はどこへ行くのか
- 外れ馬券はすべてJRAの利益になる?
- 競馬の売り上げは国にも還元される
- 賞金はどこから生まれているのか
- 売り上げが増えれば馬主も儲かるのか
- 競馬を支える牧場・厩舎・地域経済
- 売り上げが大きいことは何を意味するのか
- JRAはこれからも成長を続けるのか
- まとめ|3兆円の向こうにある競馬の姿
年間3兆円――競馬が動かす巨大なお金
日曜日の午後3時40分。
競馬場では大勢の観客がターフビジョンを見つめ、全国の家庭や飲食店でも同じレースに視線が集まる。
スマートフォンで馬券を購入する人。競馬場で新聞を広げる人。家族とテレビ観戦を楽しむ人。何十年も競馬を見続けている人もいれば、話題のGⅠだけ馬券を買う人もいる。
それぞれの楽しみ方は違っていても、一つのレースを通じて全国の人々がつながっている。
その結果、日本の中央競馬では年間3兆円を超える馬券が購入されている。
3兆円という数字は、あまりに大きく、日常生活では実感しづらい。
しかし、この巨大な金額は決して一部の富裕層だけが動かしているものではない。100円の馬券、1,000円の馬券、週末の数レースへの投票。全国で積み重なる無数の購入が、年間の売り上げを形成している。
日本の競馬が巨大市場である理由を知るには、まずJRAの数字を正確に見ていく必要がある。
2025年のJRAはどれほど売り上げたのか
日本の中央競馬がどれほど大きな市場なのか。その規模を知るうえで、まず注目したいのがJRAの年間売得金である。
JRAが公表した2025事業年度の売得金は、約3兆5,178億円。前年を5.2%上回り、年間3兆5,000億円を超える規模となった。
この金額は、有馬記念や日本ダービーのような大レースだけで生み出されたものではない。毎週末、全国の競馬場で行われる数多くのレースに対し、全国のファンが購入した馬券の積み重ねによって形成されている。
注目度の高いGⅠには巨額の馬券が集まる一方、午前中の未勝利戦や通常の条件戦でも日々多くの馬券が購入される。特定のビッグレースだけに依存せず、年間を通じて幅広いレースが市場を支えていることが、JRAの売り上げの大きな特徴だ。
さらに現在は、競馬場や場外馬券売場へ足を運ばなくても、インターネットを通じて全国どこからでも馬券を購入できる。こうした購入環境の変化も、巨大な競馬市場を考えるうえで欠かせない要素となっている。
なお、JRAの統計では「発売金」と「売得金」は厳密には異なる。発売金は購入された馬券の総額を示し、売得金は出走取消などに伴う返還金を除いた金額である。
そして、ここで最も重要なのは、約3兆5,178億円という数字が、そのままJRAの利益を意味するわけではないという点だ。購入された馬券のお金は、的中者への払戻金をはじめ、さまざまな用途へ振り分けられる。その仕組みを知ることで、競馬という巨大産業の実態がさらに見えてくる。
3兆円は本当にJRAの利益なのか
「JRAは年間3兆円以上も儲けている」
こうした表現を見かけることがある。
しかし、これは正確ではない。
売得金とは、購入された馬券の総額を示す数字だ。そこから的中馬券への払戻金、国庫納付金、競馬開催や事業運営に必要な費用などが支払われる。
例えば、100円の馬券が売れた場合、その100円すべてがJRAの利益になるわけではない。
馬券には券種ごとに定められた払戻率があり、購入された金額の大部分は的中者への払戻原資になる。
そして残りの部分から、法律に基づく国庫納付や競馬運営の費用などが賄われる。
売り上げと利益を混同すると、JRAの事業構造を大きく誤解することになる。3兆円という数字は「JRAが手元に残したお金」ではなく、「競馬という仕組みを通じて動いたお金」なのである。
1997年、日本の競馬は4兆円市場だった
現在の3兆5,000億円という規模は驚異的だが、実は日本の中央競馬には、これを上回る売り上げを記録した時代がある。
1997年だ。
この年の売得金は約4兆7億円。JRAの年間売得金が4兆円の大台に達した歴史的な年だった。
当時の競馬は、現在とは異なる熱気に包まれていた。
1980年代後半から1990年代にかけて、オグリキャップや武豊の活躍を通じて競馬への関心が広がり、トウカイテイオー、ナリタブライアン、サクラローレルなど数々の名馬がファンを魅了した。
競馬場へ足を運び、競馬新聞を購入し、場外馬券売場に並ぶ。競馬が週末の大きな娯楽として存在感を持っていた時代である。
1997年の競馬場入場者数は約1,300万人。2025年の約523万人と比較すると、当時は現在の約2.5倍の人が競馬場へ足を運んでいた計算になる。
しかし、その後のJRAは長い売り上げ減少の時代を迎えることになる。
なぜ競馬の売り上げは減少したのか
1997年に4兆円を超えたJRAの売得金は、その後減少していく。
2011年には約2兆2,991億円となった。1997年と比較すると、4割以上の減少である。
2011年:約2兆2,991億円
2024年:約3兆3,338億円
2025年:約3兆5,060億円
では、なぜこれほど売り上げが落ち込んだのか。
一つの理由だけで説明することは難しい。
経済環境の変化、余暇の過ごし方の多様化、競馬ブームの落ち着き、人口構造の変化など、さまざまな要因が考えられる。
ただし「競馬人気が完全になくなった」と理解するのも正しくない。
日本ダービーや有馬記念は引き続き大きな注目を集め、ディープインパクトをはじめとするスターも登場した。それでも市場全体としては縮小が続いていた。
競馬への関心と、馬券に使われるお金は必ずしも同じ動きをするわけではない。競馬を好きな人がいても、購入額や購入頻度が変われば、売り上げは大きく変化するのである。
競馬を変えたインターネット投票
その後、競馬の楽しみ方を大きく変えたものがある。
インターネット投票だ。
かつて馬券を購入するには、競馬場や場外馬券売場へ出向く必要があった。電話投票も存在したが、現在のように誰もがスマートフォンから簡単に購入できる環境ではなかった。
現在は、自宅でも、外出先でも、スマートフォンがあれば馬券を購入できる。
この変化は、競馬場から遠い地域に住む人や、週末にまとまった時間を取れない人にとっても大きかった。
競馬場へ行くことが難しくても、レースを見て馬券を買うことはできる。
さらに、購入できるのはメインレースだけではない。午前中の未勝利戦から最終レースまで、自分の都合に合わせて参加できるようになった。
インターネット投票は単に購入方法を便利にしただけではない。競馬を「競馬場へ出かける娯楽」から「日常の中で参加できる娯楽」へと変化させたのである。
売り上げの約8割を担う新しい馬券購入
インターネット投票の存在感は、実際の数字を見るとさらに鮮明になる。
2025年の中央競馬売得金のうち、電話・インターネット投票による売り上げは約2兆8,269億円。
中央競馬売得金全体の81.1%を占めた。
これは、競馬場や場外馬券売場が中心だった時代とはまったく異なる構造である。
ただし、この81.1%は「電話・インターネット投票」というJRAの集計区分であり、スマートフォン単独の売り上げ比率ではない点には注意したい。
また、競馬場の来場者数とネット投票の利用者数を単純に足して、競馬ファンの実人数を求めることもできない。
一人が何度も購入することもあれば、競馬場へ行きながらネット投票を利用することもあるからだ。
それでも、現在のJRAの売り上げがオンライン投票を中心に成立していることは明白である。
競馬場はもう必要なくなったのか
ネット投票が売り上げの中心になった今、競馬場へ行く必要はなくなったのだろうか。
馬券を購入するという目的だけなら、確かに現地へ行く必要性は小さくなった。
しかし、競馬場の価値は馬券売場としての機能だけではない。
目の前を走り抜けるサラブレッドの迫力。パドックで馬を観察する楽しさ。レース直前の緊張感。そしてゴール前で何万人もの観客が一斉に声を上げる瞬間。
こうした体験は、画面越しの観戦では完全には再現できない。
2025年の競馬場入場者数は約523万人。1990年代の水準には届かないものの、前年の約514万人から増加している。
競馬場は馬券を買うためだけの場所から、競馬そのものを体験する場所へと役割を広げているとも考えられる。
ネット投票と競馬場は、必ずしも競合する存在ではない。オンラインで競馬に触れた人が、いつか実際の競馬場へ足を運ぶ。そんな関係も、現在の競馬市場を支える一つの形である。
有馬記念に巨額の馬券が集まる理由
JRAの売り上げを語るうえで、欠かせないレースがある。
有馬記念だ。
年末のグランプリには、普段から競馬を楽しんでいる人だけでなく、年に数回しか馬券を買わない人も参加する。
その理由の一つは、競馬の専門知識がなくても参加するきっかけが多いことにある。
ファン投票で選ばれる出走馬。年間を通じて活躍してきたGⅠ馬。引退レースを迎える名馬。年末という特別な時期。
競馬を知らない人でも、ニュースで見た馬の名前を覚えていることがある。
「今年最後だから馬券を買ってみよう」という動機も生まれやすい。
ただし、有馬記念の売り上げを「競馬人気のすべて」と考えることもできない。
中央競馬の年間売得金を支えているのは、年間3,000を超えるレースの積み重ねである。
有馬記念のような特別な一戦が新たな参加者を呼び込み、日々の競馬が継続的な市場を形成する。この両方が存在するところに、日本の中央競馬の強さがある。
馬券100円はどこへ行くのか
ここからは、競馬の売り上げをもう少し身近な数字で考えてみよう。
100円の馬券を購入した時、そのお金はどこへ向かうのだろうか。
まず、購入された馬券の大部分は払戻金の原資となる。払戻率は券種によって異なり、すべての馬券が同じ割合で払い戻されるわけではない。
次に、法律に基づく国庫納付金がある。
JRAは、返還金を除いた馬券の発売金額の10%に相当する額を、第1国庫納付金として国に納める。
JRAの公式説明でも、100円の馬券を購入すれば10円が国庫に納付されるという例が示されている。
そして、残る資金から競馬を開催するための費用や賞金などが賄われる。
私たちが何気なく購入している100円の馬券は、払戻金だけでなく、競馬という産業の運営と国への納付にもつながっているのである。
外れ馬券はすべてJRAの利益になる?
馬券が外れた時、つい「このお金は全部JRAに取られた」と感じることがあるかもしれない。
しかし、馬券の仕組みはそうなっていない。
競馬は、購入者同士が同じレースの結果を予想し、定められた払戻率に基づいて払戻金を分配する仕組みである。
外れた馬券の購入額が、そのまま全額JRAの利益になるわけではない。
払戻原資は的中者へ分配され、その他の部分が国庫納付や事業運営などに充てられる。
ここで注意したいのは、「的中した人が受け取るお金」と「JRAが得る利益」を混同しないことだ。
馬券の売り上げが増えれば払戻原資も増えるが、それがそのままJRAの利益の増加額になるわけではない。事業運営の収支を知るには、売得金とは別に財務諸表を見る必要がある。
競馬の売り上げは国にも還元される
JRAは一般の民間企業とは異なり、日本中央競馬会法に基づいて設立された法人である。
そのため、事業で生じたお金の一部を国へ納める仕組みが法律で定められている。
国庫納付金には、大きく分けて二つの種類がある。
つまりJRAは、馬券の売り上げの段階と、事業の剰余金が生じた段階の双方で国庫納付を行う仕組みになっている。
国庫納付金は国の一般財源に繰り入れられ、畜産振興や社会福祉などに役立てられている。
さらにJRAは、利益の一部を活用した畜産振興事業なども実施している。
馬券の購入は競馬を楽しむための行為だが、そのお金の一部は競馬場の外にも流れていく。JRAの売り上げには、こうした公共的な側面もある。
賞金はどこから生まれているのか
日本の中央競馬は、世界的に見ても高額な賞金が設定されていることで知られる。
有馬記念や日本ダービーを勝てば、馬主には大きな賞金が支払われる。
しかし、その賞金はどこから生まれるのだろうか。
中央競馬の賞金や各種手当は、JRAの事業運営の中で支払われている。馬券の売り上げは、その事業を支える主要な財源である。
2025年にJRAから馬主へ支払われた賞金等は約1,040億円だった。
この金額には、一般に賞金と呼ばれる本賞だけでなく、出走奨励金や特別出走手当なども含まれる。
競馬では、勝った馬だけにお金が支払われるわけではない。一定の条件を満たした出走馬に対しても、さまざまな形で手当が交付される。
華やかなGⅠの優勝賞金も、日々の条件戦で支払われる手当も、巨大な競馬市場を背景に成立しているのである。
売り上げが増えれば馬主も儲かるのか
JRAの売り上げが伸びれば、賞金などの財源を支える力も大きくなる。
しかし、だからといって馬主全員が利益を得られるわけではない。
2025年にJRAで出走した馬は11,923頭。JRAから馬主へ支払われた約1,040億円を単純に割ると、1頭当たり年間約872万円となる。
ただし、これはあくまで平均値である。
GⅠを勝つ馬と、未勝利のまま引退する馬では収入に大きな差がある。平均額をそのまま「一般的な馬主が受け取る金額」と考えることはできない。
さらに競走馬を所有するには、購入費用や預託料、その他の維持費が必要になる。
JRAは、預託料の目安として1頭当たり月70万円程度を紹介している。単純に12か月で計算すると年間840万円になるが、これも厩舎や馬の状況によって異なる。
競馬市場が大きいことと、個々の馬主が必ず利益を得られることは別問題なのである。
競馬を支える牧場・厩舎・地域経済
競馬という産業は、競馬場だけで完結しているわけではない。
一頭のサラブレッドがレースへ出走するまでには、非常に多くの人が関わっている。
繁殖牝馬を管理する牧場。仔馬を育てる生産者。競走馬としての基礎を作る育成牧場。日々の調教を担当する厩舎スタッフ。騎手、獣医師、装蹄師、輸送に関わる人々。
さらに飼料、馬具、施設管理、競馬新聞、映像制作、情報配信など、周辺にはさまざまな事業が存在する。
競馬の売り上げが大きいということは、それだけ多くの関係者を支える市場が存在しているということでもある。
もちろん、売得金が増えた分だけすべての関係者の収入が均等に増えるわけではない。競走馬の生産・育成には費用がかかり、事業ごとの収益構造も異なる。
それでも、馬券という一見小さな取引の積み重ねが、全国の競馬関係者の仕事とつながっていることは忘れてはならない。
売り上げが大きいことは何を意味するのか
年間3兆円を超える売り上げは、競馬という娯楽が多くの人に利用されていることを示す数字である。
しかし、売り上げの大きさだけで、競馬の価値をすべて測れるわけではない。
売得金が増えたとしても、競馬場へ足を運ぶ人が減っている可能性はある。逆に来場者数が増えていても、馬券購入額が減少することはあり得る。
さらに、売り上げは購入者の利益を表す数字でもない。
馬券は娯楽であると同時に、金銭的な損失を伴う可能性がある。購入しやすさが増すほど、利用者が自分の予算や購入頻度を管理しやすい環境も重要になる。
巨大市場を評価する際には、売り上げだけでなく、競馬の魅力、参加者の体験、産業への還元、健全な利用環境など、複数の視点が必要だ。
3兆円という数字の本当の意味は、その金額がどのように生まれ、どこへ流れ、何を支えているのかを見て初めて分かるのである。
JRAはこれからも成長を続けるのか
2025年の売得金は前年比105.2%。中央競馬は近年、売り上げを回復させてきた。
しかし、これからも毎年同じように成長し続けると断定することはできない。
インターネット投票の普及が進んだ現在、かつてのように購入手段が増えるだけで市場が大きく拡大するとは限らない。
人口構造の変化、娯楽の多様化、物価や家計の状況、競馬への関心など、今後の売り上げにはさまざまな要素が関わってくる。
一方で、競馬には他の娯楽では代替しにくい魅力もある。
一頭の馬がデビューし、成長し、重賞を勝ち、引退して次の世代へ血をつなぐ。ファンはその過程を何年にもわたって見守ることができる。
単発のレースだけでなく、馬や騎手の物語が積み重なっていくことが、競馬というコンテンツの特徴である。
将来の市場規模を考えるうえでは、馬券購入の利便性だけでなく、競馬そのものの魅力をどのように伝え続けるかも重要になるだろう。
まとめ|3兆円の向こうにある競馬の姿
なぜJRAは年間3兆円以上も売り上げるのか。
その答えは、単に「日本人は競馬が好きだから」という一言では片付けられない。
1990年代の競馬ブーム。長期にわたる売り上げの減少。インターネット投票の普及。そしてスマートフォンから日常的に参加できる現在の競馬。
競馬を取り巻く環境は、この30年で大きく変化した。
1997年には約4兆円だった中央競馬の売得金が、2011年には約2兆3,000億円まで減少し、その後再び3兆円を超える規模へと回復した。
その間に変わったのは、競馬の売り上げだけではない。
馬券を購入する場所が変わった。競馬を観戦する方法が変わった。競馬場の役割も変わった。
そして、私たちが購入する100円の馬券は、的中者への払戻金となるだけでなく、競馬開催、賞金、競馬産業、国庫納付金などを通じて、さまざまな場所へ流れていく。
3兆円という数字の向こうには、
数え切れないほどの馬券と、
数え切れないほどの競馬の物語がある。
一頭の馬を応援する人。初めて馬券を買う人。何十年も競馬場へ通う人。競走馬を育てる人。レースを支える人。
その一人ひとりの行動が積み重なって、日本の中央競馬という巨大な市場が成立している。
次にGⅠの売り上げを目にした時は、単なる金額として見るのではなく、そのお金がどこから集まり、どこへ向かうのかを少し考えてみてほしい。そこにはレース結果だけでは見えてこない、もう一つの競馬の世界が広がっている。
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